昨日はとても暑かったですね。
東京でも35.3℃とか。
私も野外イベントで外におりましたが、
強烈な日差しとアスファルトの照り返しで、
気を抜くと頭がぼーっとしてました。

さて今日は先日ご紹介したEdwin Hawkinsについて、
彼の生い立ちを少し探ってみたいと存じます。

1943年カリフォルニアのオークランドで生まれた彼は
幼い頃からゴスペルクワイアで歌いはじめ、5歳でピアノを
始めた後、7歳の頃にはもう既にクワイアのピアノ伴奏者と
して活動を始めていたそうです。早いですね。

14歳の頃(1957年)には、既に彼のファミリーのクワイアの
レコーディングが行われています。
が、もともとゴスペルのジャンルが市場での地位がさほど確立されて
いなかった時代ですから、10年以上彼はゴスペルクワイアの指導者
として下積みの時代を過ごすことになります。

1968年にメジャーデビューします。
最初1年は全く泣かず飛ばずだったのですが、
その最初のアルバムに入っていた「Oh Happy Day」が
たまたまサンフランシスコの地元ラジオでかかってから
話題となり、徐々にウワサにウワサが広がっていき、
足掛け1年もかかって1969年、ゴスペルソングとしては初めての
ミリオンセラーソングとなります(全米4位・全英2位)。

彼の持ち味は、伝統的なゴスペルとは一線を画して、その時代に
流行しているリズムやジャンルを取り入れていく、当時としては
斬新なゴスペルソング作りにあったと言われています。
いわゆる「コンテンポラリー・ゴスペル」の先駆け的な存在だったのです。

その後も、従来のゴスペルとは違ってソウル・R&B・フュージョン・
House・HipHopなど積極的に自分の音楽の中に取り入れて行き、
コンテンポラリー・ゴスペルの礎を世の中に示していきます。

彼はその後グラミー賞に4回輝くなど、ゴスペル音楽界のシンボルの
一人として、活躍していきます。

そして、現在活躍している主要なゴスペルミュージシャンのほとんどは、
Edwin Hawkinsから少なからず影響を受けたとコメントしています。

さて、ここで最後に一つの映像をご紹介します。
Edwin Hawkinsの「God Will Take Care Of You」を
彼の妹でゴスペルシンガーのLynette Hawkinsが力強く
歌っている映像です。
最初低い声から始まるのですが、後半なかなか力強さと迫力があります。




演奏がピアノ・オルガン・ベース・ドラムしかいない
伝統的なゴスペルのバンド構成の中に、やはりコンテン
ポラリーな香りを感じます。

※God Will Take Care Of Youの曲の解説はこちら(2014/6/24 ブログより)

Edwin Hawkinsの曲は、結構奥が深いので、
私たちAJCも、これからもっと彼の曲に
チャレンジしていければ、と考えてます。
※今週末から「I Need Your Spirit」に着手します。

by Shinshi


Edwin Hawkinsについて

2014年08月01日
8月になりました。
暑さも本番です。
サイトのデザインも気分新たに変えてみました。

さて、今日はあの「Oh Happy Day」の作者、
Edwin Hawkins(1943~)にスポットを当ててみたい
と思います。

私たちのクワイアでも、Oh Happy Day以外に
God Will Take Care Of Youや、I Need Your
Spiritなど、彼の曲に触れることが多いです。

そういえば、一昨年の12月には私たちの師の
GregがTribute to Edwin Hawkins的な
Liveを渋谷のクワイアの皆さんを率いて
絶賛されていたのを思い出しました。

まずはせっかくなので「Oh Happy Day(1969)」の
オリジナル版を聞いてみましょう。



この曲、日本では映画「天使にラヴソングを2」以降
有名になりましたが、原曲はボサノバのリズムなんですよね。

ボサノバのリズムにゴスペルクワイアが乗ったのが、
絶妙にマッチしています。

※曲の詳しい解説については、Oh Happy Day(コラムその2 2013年10月9日)を参照。


次回、もう少しいろいろ掘り下げてみたいと思います。

by Shinshi

気がつけば7月も終わりですね。

夏休み本番なお子ちゃまたちが、
私のオフィスのそばにあるポケモンセンターで
行列を作っているのをお昼休みに見かけます。

働く大人たちは、月末だとか、決算だとか、
お忙しい方々も多いと存じますが、もうすぐ
お盆の季節ですから、あとちょっとの辛抱です。
一緒に頑張りましょう。

ところで、昨日のブログについて「経歴だけじゃ
マヘリアの良さが伝わらない」的な声が聞こえた
ので、本日もまたマヘリアのご紹介です。
今日でさすがに最後にさせてください。

百聞は一見にしかず、ですので、とある映像をご紹介します。

〇Down By The Riverside


1957年のNat King Cole Showの映像です。

何がすごいかって、この人マイク使ってません。

生音で、バックのピアノトリオの音を凌駕してます。
それでいて、曲の表情・メリハリをきちんと独特の解釈をしていて、
大きな声を張り上げているところはもちろん素晴らしいのですが、
小さな声のところまで、きっちり聞かせているのがすごいのです。

しかもジャズテイストな曲の中に、しっかりゴスペルの魂を注入してます。

たった1分の映像だけで、この方のすごさが伝えるのには十分です。

人を惹きつけるようなソロ、目指したいですね。

by Shinshi

昨日、マヘリアについてご紹介したところ、
「え、もう終わり?」的な声が聞こえて
きましたので、本日も続編をつづることに
しました。

今日はマヘリアの生い立ち・経歴についてのお話です。

1911年 彼女はニューオリンズのBlack Pearlという黒人居住区で
生まれます。まだアメリカでは人種差別の厳しい時代のことです。
7歳で母親を亡くし、幼少時代は極貧にあえぎ、歌で食べていける
ようになるまでは、いろいろな職を転々としたと伝記にはつづられてます。

しかし同時に幼少からバプティスト教会でゴスペルを歌っていた彼女は、
その独特の歌い方と尋常ではない声量から、すでに周囲から一目置かれて
いたとも言われています。

彼女の人生は16歳でシカゴに移り住んでから変わり始めます。
ジョンソンブラザーズというゴスペルグループで、プロとして
活動し頭角を現し始めます。

1937年、ソロ活動でレコードを1枚出しますがあまり売れず、
まだ有名シンガーとは程遠い状況でした。
そもそもまだゴスペルがさほど市民権を得ていなかったのかもしれません。

しかし、彼女の歌声は徐々に評価され始めます。
伝統的なゴスペルの歌い方に加え、リズム&ブルースの色を濃くした、
ソウルフルな声、圧倒的な声量と、荘厳な歌い方は、音楽評論家の
間でも少しずつ名が広まっていきます。

1948年の「Move on up a Little Higher」がついにヒットし、
アメリカからヨーロッパにかけて彼女の評判が知れ渡ると、
以降は次々とレコードが売れていくようになります。

1960年代、既に不動の地位を築いていたマヘリアは、1962年に
あのケネディ大統領の就任前夜祭で歌うまでになり、
あのマーティン・ルーサー・キング牧師の有名な「I have a dream」
演説前に歌って、25万人の観衆を魅了したそうです。

亡くなる1972年まで、彼女は最後まで現役ゴスペル歌手として、
キャリアをまっとうします。

彼女のスタイルは、単独斉唱です。
クワイアはバックにいないことが多いです
(たまにいる映像もあります)。

太い、荘厳な、体全体から共鳴される、その深みある低音域と迫力。

圧巻です。


by Shinshi

今日からゴスペル界に影響を与えたアーティストたちのことにも
少しずつ触れていこうと思います。

初回は、ゴスペルやるならこの人の名前は当然ながら避けては通れない
マヘリア・ジャクソン(1911-1972)からです。

彼女はUSAゴスペルミュージック協会から『ゴスペル・ミュージック
の名誉』の称号を与えられているほど、いわゆるゴスペル音楽界の
先駆者であり、ゴスペル音楽をメジャーにした歌手の一人である
ことは疑う余地もありません。

彼女がソロシンガーとしてゴスペルのレコードを世に出したのが、
1937年のことです。
その頃はまだゴスペルがメインストリームとして全く認識されてない
教会の中での音楽だった、いわゆる第二次世界大戦前の時代です。

1948年に出した「Move on up a Little Higher」以降は、
ビジネスとして成功し、Queen of Gospelと称されるほど、
不動の地位を確立していきます。

その後、ケネディ大統領の就任式や、キング牧師の告別式で歌うほど
彼女は国民的な知名度を手にしていきます。

彼女の歌声を少し聞いてみましょう。

〇What A Friend We Have In Jesus


〇Amazing Grace


こう深みのある、魂のこもった、体の底から出てくる太い声が
聞く人たちの心にしみわたらせる、という感じですね。

マヘリアの曲は「Move on up a Little Higher」や
「How I Got Over」などたくさんありますが、今日は
あえて皆さんご存じの2曲を選んでみました。

きっと、今後もどこかでマヘリアの曲を耳にしていくこと
でしょう。

by Shinshi

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